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紳士協定



GENTLEMAN'S AGREEMENT


1947年アメリカ映画  20世紀フォックス
白黒 118分

監督 エリア・カザン

出演 グレゴリー・ペック ドロシー・マクガイア
ジョン・ガーフィールド
     セレステ・ホルム  アルバート・デッカー 
アン・リヴィア ジェーン・ワイアット
ディーン・ストックウェル


同年のアカデミー賞作品賞、助演女優賞(セレステ・ホルム)、など3部門を得たアメリカにとってアンタッチャブルであった人種偏見の問題を描いた傑作です。

有名なジャーナリストであるフィリップ・スカイラー・グリーンは、「スミスウィークリー」で新しい仕事を始めるために母と息子と一緒にニューヨークにやってきます。そこで、彼は編集長の姪キャシーが提案した反ユダヤ主義についての連載を書くことを承知します。どんな風に原稿を書いていくか悩んだ末、フィルは自分のことをユダヤ人と偽って周囲の反応を見る方法に出ます。案の定、彼はアパートの郵便受けの名札から、一流のホテルの宿泊を断られることまで様々な差別を体験することになります。愛しあって結婚を約束したキャシーとも反ユダヤの話題ではぎくしゃくする始末。親友のユダヤ人デビッド・ゴールマンから、自分たちはどんな偏見に遭ってきたか教えられ悩むフィル。そしてフィルの息子トミーはユダヤ人と呼ばれて友達にいじめられることになります。フィルはやがて「私は8週間ユダヤ人だった」という連載を書き終え、そのことは様々な波紋を呼ぶのですが・・・。


新しい世紀を迎えた今でさえ人々の心から離れることのない民族問題。他民族国家であるアメリカでも、ユダヤ人に対する差別偏見が堂々とまかり通っているという、いわばアメリカの恥部を描いたこの作品は、批評家からは絶賛を浴びアカデミー作品賞も受賞しましたが、一部ではかなり批判を浴びたことも事実です。日本では内容故に未公開で、初公開は何と1987年。40年も経過した初公開を、映画館で見ることの出来た私はラッキーと言えるのでしょうか。

差別を体験するためにユダヤ人のふりをするというのは無謀と言えば無謀。安易と言えば安易。同じ会社の人たちにも真実を告げない徹底ぶりで、早速フィルは自分の秘書が実はユダヤ人なのだが苗字を代えて応募したことでこの会社に採用されたという話を聞きます。何と、反ユダヤと闘うつもりの雑誌社の中にすでに偏見が存在していたということで、このあたりの展開はうまいです。

愛し合って結婚を約束したキャシーとの間にも少しずつ溝が生まれてきます。決して反ユダヤ主義ではないキャシーですが、フィルの徹底ぶりにはかなり振り回されて可哀想なくらい。もともとお嬢さん育ちで善良なキャシーには差別意識はないつもりなのですが、代わりに自分がユダヤ人に生まれなかったことを感謝する優越意識が存在している。結局は両者は同じものなのですよね。でも、そのことでキャシーを責めるのも酷に思います。確かに戦後まだ程なく、ユダヤ人がヨーロッパで受けてきた迫害を伝え聞いたりすれば、自分がその立場に生まれなかったことを感謝したくなるのではないでしょうか。

この頃のアメリカで、現実にはかなりユダヤ人差別が行われていたことははっきりわかりました。就職、家探しなど生活に直結したことから進学、ホテルの宿泊に至るまで、ユダヤ人であるがために不利を強いられる沢山の出来事が、堂々と世の中で通っていたわけです。フィルはユダヤ人と名乗ることで、それらを初めて体験し自分自身の心の中に多分思った以上のショックを受けます。親友のユダヤ人であるデビッドが、フィルに「今まで免疫がないから刺激が強いんだ。一生で体験することを数週間で経験するからショックも強いんだ」と言います。ユダヤ人としてデビッドは生まれた時からずっと差別を受けてきたわけで、その彼の言葉だけに胸を打ちます。

正義感に燃えたフィルは、どんどん突き進みます。ジャーナリストの正義感に火がついたら止められない。家族や愛する人の迷惑さえ時には犠牲にしてしまうのですね。私など、そこまでしなくてもと思ってしまうので、やっぱり甘いのかな。

単一民族国家に住む日本人にはなかなか理解しにくい問題です。でも世界がどんどん入ってくる今、日本人も傍観者ではいられません。それに人種でなくても、様々なことで偏見は山ほど存在しています。それらがなくなる日が来るのでしょうか。

多くの心ある人々は、偏見をいけないものだと感じるでしょう。堂々と偏見を述べる人には思わず眉をしかめてしまう。でも、そこまで。私もそのうちの一人です。何か「アクション」を起こすこと。そうしなければ偏見はなくならないのだという彼らの言葉には確かに今までの自分が恥ずかしくなります。でも・・・実際には相当な勇気が必要ですよね。口で言うのは簡単でも。

とにかく、見終わってもしばらく色々なことを考えこまなければならない映画です。でも、見なければやはり何も始まらない。

フィルの母が、病床で「急にもっと長生きしたくなった」と言います。「ずっと混乱の時代だったから、来世紀はきっと良い世紀になるでしょう。アメリカもソ連も原爆もない世紀に。それが見たくなってきたわ」と。新しい世紀を迎えた今、確かにソ連は無くなりました。
でも後の物は勿論現存で、さらなる民族間抗争が起きています。50年以上前に望まれた新世紀への夢は、やはりかなわなかったことがとても辛い気持ちで後に残ります。

出版社のファッション担当のアン・デットリーを演じたセレステ・ホルムがアカデミー助演女優賞を取りました。彼女は同性から見てもいい女でした。偏見は持たないし、まっすぐ目を見て自分の意見をはっきり言う。ラスト近くで、男勝りでさっぱりした彼女が、女性としての気持ちをうち明けるところはジンと来ました。こういう素敵な女性に案外男性は感心を払わないんですかね。見る目がないな。

グレゴリー・ペックはちょっと前のデビューから飛ぶ鳥を落とす勢いでハリウッドを席巻して行きました。戦争で人的疲弊を強いられたハリウッドにとっては希望の星で、沢山の映画会社から企画続出。良い映画は皆ペックの所に行くと言われていました。おまけに粗製濫造どころかそれらの水準はどれも高いものだったというところが彼のラッキーさに輪をかけました。

そのグレゴリー・ペックの幼い息子を演じていたのは何とディーン・ストックウェルです。今でも一癖も二癖もあるおじさん役者として異彩を放つ彼の若き、と言うよりは幼き姿です。


☆「紳士協定」とは反ユダヤ主義を黙認すること。この行為を紳士と呼ぶべきかどうかはご想像にお任せします。






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