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シェーン



Shane

1953年アメリカ映画  パラマウント
カラー  118分

監督 ジョージ・スティーヴンス
出演 アラン・ラッド ヴァン・ヘフリン
ジーン・アーサー ブランドン・デ・ワイルド
ウォルター・ジャック・パランス ベン・ジョンソン
エミール・メイヤー イライシャ・クック


ワイオミングで農業を営むスターレット家に流れ者のシェーンがやってきた。主人のジョー・スターレットはすっかりシェーンを気に入り、彼を雇うことにする。スターレット家の息子のジョーイは一目見ただけですっかりシェーンに憧れを抱く。今この辺りは揺れていた。古くからここに住む牧畜業者のライカーが、全て自分の土地だと主張し農民達に出ていくように求めているのだ。農民たちは一致団結してライカーに抵抗するが、嫌がらせはエスカレートする。ついにライカーはウィルソンという殺し屋を雇い、最後の手段に出る・・・。


ワイオミングは何と美しい土地なんでしょう。西部といえば、果てしなく続く荒野を思い浮かべてしまうのですが、ワイオミングは緑豊かな土地。冒頭、銃を持ったジョーイ少年が鹿を見つけ撃つ真似をするシーンなど、何となく「子鹿物語」を思い出させます。そこに新しくやってきた農民達は土地を開墾し、作物を育て自分たちの生活を着々と築いていきます。スターレット一家はそんな農民達の中のリーダー的存在。ジョー・スターレットは屈強で喧嘩にも強い。でも人が良くて妻マリアンを深く愛している家庭的な男性でもあります。そんなところにフラリと現れたシェーンは、すっかりジョーと意気投合して仕事を手伝うことになるのです。寡黙だけれど優しくて、おまけに目にも止まらぬ銃の早撃ちの腕の持ち主。そんなシェーンに好奇心旺盛な盛りのジョーイが憧れないはずもありません。すっかりジョーイはシェーンの虜になってしまいます。

子供の頃からゴールデンタイムの映画劇場で何度となく見たこの映画。きっと多くの方がご覧になっていることでしょう。正直言って子供の頃は面白いとは思ったものの、どうしてそこまで名作と言われるのかわからなかったものでした。第一にアラン・ラッドは甘い2枚目ではあるものの、残念ながら上背がないこともあって貫録がない。そこが背の高いハンサム好きの私にはネックだったのかもしれません(笑)。でも、大人になって再見したこの映画。文句ない名作でした。言ってしまえば日本人の大好きな股旅物。ある日突然やってきて、ある日突然去っていく。その短い間の出来事。でも、その短い間に何とまあ色々な思いが込められているのでしょう。ジョーと木の切り株を一緒に押し倒すシーン。2人の気持ちはこれで通じたというのが一目でわかります。また酒場で背中合わせで喧嘩をするシーン。雇い主と使用人ではありますが、妻と子供に囲まれ男性一人だったジョーにとって、頼れる相棒とも言えるシェーンでした。

ジョーイのシェーンに対する憧れもいかにも少年特有のもの。どこから来たのかもわからないシェーンは逆にミステリアスで興味を誘います。おまけにもの凄い早撃ちと来ては!父親以外の男性を恐らく身近に感じることがなかったジョーイにとって、初めて出逢った他人の大人の男性だったのかもしれません。

妻マリアンの気持ちはもっと微妙。「シェーンを好きにならないで」とジョーイに言うマリアンのセリフはそのまま彼女の気持ちを代弁しているかのようです。夫に何の不満もない。十分幸せな生活。でも、シェーンは寡黙で控え目だけに余計に気になる存在。30年代はチャキチャキのキャリアウーマンを演じることが多かったジーン・アーサーが、西部の静かだけれど芯の強い女性に扮して男性たちに負けず劣らぬ存在感を示しています。

この映画には他にも名言がいっぱい。ジョーが街に行く前に支度に手間取るマリアンを待ちながら、「結婚して待つことに慣れたよ。待つ甲斐がある女性を見つけろよ」。シェーンが最初にジョーイに向かって「まっすぐ見つめることの出来る少年は好きだ」など。

忘れてならないのは、黒ずくめの殺し屋に扮したジャック・パランス。この頃はウォルター・ジャック・パランスと名乗っていました。ネギをしょって街にやってきたイライシャ・クックに先に銃を抜かせながら、ニヤリと不気味な笑みを貼り付けたままの冷酷無比さ加減。ジャック・パランスが酒場へ入ってくると犬さえ逃げるのでした。そのくせ呑むのはコーヒー。これは先日宍戸錠が言っていましたが、「殺し屋は決して酒を飲まない。いつも頭を冴えた状態にしておくため」とかで、思いっきり納得。南軍出身でいつも「ディキシー」の曲で迎えられていたイライシャ・クック扮するトーレーの哀れさよ。

悪役のライカーですが、彼の言うことを聞いているとわからないでもないところが複雑。「俺たちは最初にここに来て、命がけで土地を切り開いた。それを奪うのか」。確かに最初に来た開拓者の苦労は想像できます。でも、正式に自分の土地にしてなかったのでしょうかね?恐らくはホームステッド法が施行されて続々と開拓者が押し寄せ、自分の血と汗を流した土地を奪い取られたような気になったのでしょう。その気持ちは思いっきりわかるんですよね。とにかく牧畜業者と農民は仲が悪いことで有名。どうしても共存しようという気になれないらしい。でも、スターレットの言う通り、ライカーの来る前に狩人や商人たちがネイティブアメリカンと友好関係を築いてこの土地を切り開いた。それも確か。それより何より、まずそこはネイティブアメリカンたちの土地の筈なんですが・・・。何とも複雑な土地争いです。みんな生活していかなければならない。そして、西へ西へという政策を敷いたのは政府でしょう。新しい生活、時には一攫千金を夢みて西へ向かった開拓者たちを責められないし、でも追いやられた人々はどうなるのか?これは今も世界の他の土地で見られる弱肉強食の論理ですね。

最初は嫌な男だったベン・ジョンソン。西部劇と言えば絶対欠かせないこの人の男気も良かった。アラン・ラッドは実際相当の早撃ちだったようで、彼にとっての一世一代の名演であることは間違いないでしょう。大男のヴァン・ヘフリンとあまり背が違うように見せないカメラワークは結構大変だったでしょうね。ジョーイ少年役のブランドン・デ・ワイルドはこの作品で幼くしてアカデミー助演賞にノミネートされました。惜しくも受賞は逃しましたが、「ハッド」ではすっかり成長してポール・ニューマンの甥を演じていました。その後も映画に出ていたけれど、72年に若くして交通事故で亡くなってしまったのでした。たった30年の駆け足で生きた人生でした。

色々な解釈がされるラストシーン。「交渉人」でケビン・スペイシーが力説していた論ですが(ネタバレ出来ないので)、なるほどよーく見てみるとそういう解釈も成り立つかも。皆様はどう思われますか?

とにかくテーマ音楽の「遙かなる山の呼び声」が素晴らしい。名画には名曲ありです。役者も粒ぞろい。派手なアクションだけでなく、農民の素朴な暮らしを丁寧に描いているところも興味深いです。シェーンはライカーに「おまえ達の時代は終わった」と言いますが、シェーン達拳銃撃ちの時代もまた終局に近づいて来ていることを象徴するラストなのかもしれません。

年齢を重ねて見直すと、彼ら彼女たちの心情もよくわかるようになりました。「君のためだ、土地を守るためだ」と突進する男の一種のエゴも(苦笑)。よくよく噛むと味が出てくるスルメのような映画であることを発見したのでした。


☆昔、テレビで放映していた時は勿論日本語吹き替えでしたが、最後の最後ジョーイが叫ぶ「シェーン、カムバック!」だけが原語のままだった記憶があります。あれは例のCMが流行った結果かしら。真偽のほどをどなたか覚えていらっしゃいませんか?






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