跳べなかった鳥人〜セルゲイ・ブブカ



















2004/8/29
旧ソ連、現ウクライナの棒高跳び選手。

1980年代後半から、絶対的な強さで棒高跳び界に君臨した鳥人。自分で自分の世界記録を延々と書き直し続け、世界大会も次から次へと勝った。しかし、何故かオリンピックには苦しんだ。


以降はバルセロナ五輪の時に私が書いた記です。


 バルセロナ・オリンピックで最も金メダルに近い人物。それが、ブブカだった。六メートルの空を跳ぶ人物。何度も何度も自己の持つ世界最高記録をぬりかえてきた人物。その彼が、メダルを逃したばかりか、記録なしに終わるなどと誰が想像しただろうか。
 彼は確かに不運だった。係員の不手際で、残り時間がいくらもないところで試技をしなければならなかった。六メートル近いところを、たった一本の棒を頼りに跳ぶのだ。試技の前にものすごい精神集中を必要とする。ブブカは、時間に追われ十分な精神集中をすることなく跳んだ。そして、バーは落ちた。
 彼ほどの人でも、プレッシャーはあるのだろう。ソウルオリンピックで、東京の世界選手権で、いずれも好調とは言えなかった。だが、どちらの場合も土壇場で彼は跳んだ。棒高飛びと言えば、セルゲイ・ブブカ。いつでもどこでも、金メダルは彼の物だった。それが、バルセロナでは土壇場にきてメダルをつかみ損なった。
 ソ連の崩壊以降、彼の生活も大きく変わった。ブブカファミリーと言われる家族やスタッフを連れて、彼はドイツに移住した。彼の記録、彼の試技がファミリーを支えていた。崩壊した祖国を離れ、沢山の人の生活に責任を持ち、彼には勝つことが必要だった。その目に見えぬプレッシャーが、実は彼を押しつぶしたのかもしれない。生活の苦労はないとはいうものの、彼もまたある意味ではソ連崩壊の余波を受けたのだといえるだろう。
 試合後、彼はまたアトランタを目指すと言った。彼が本当の力を出したとき、彼を追い抜ける者はまだいない。一本の棒を駆使し、人間のまだ飛べぬ空を舞う男セルゲイ・ブブカは、アトランタで今度はウクライナの旗を揚げるような気がする。



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