連載小説


























































































へりろち


弾 射音


第2回


「と、いうわけよ」
 あたしが説明を終えると、ほかのクラスからあたしの教室へ集合して、あたしをかこんでいたバレー部のメンバー
――秋代、美幸、はるか、さおりの四人で、全員あたしとおなじ二年生――はキツネにつままれたような顔であたしを見返した。
「へりろちだって?」
「イカスミ?」
「なんなんだそれは」
「ほんとに、おーあおあおあおあおあって言って泣いてたの?」
「おっかしなのお」
「とうとうご乱心めされたか」
 お昼休み。佳子を彼女の家へ連れ帰ったつぎの日だ。彼女は欠席だった。学校へは彼女のママから、ちゃんと連絡があったらしい。が、ちょっと心配だ。
 ――いや、おもいっきり心配だ。
「佳子、いったいどうしちゃったのよ」
 はるかが言った。
「あたしが教えてほしいわよ」
 そうこたえるほかはなかった。
「とにかく、そういうことだったんだから。あたしにゃ、それ以上はなにもわかりましぇん」
「まいったなあ」
 と、ぶりぶりのブリッ子の秋代がぶりぶりの声で言った。
「あいつ、イカスミ好きだったっけ」
 これは全身胃袋の美幸だ。
「へりろちって、なんのことだろ」
 美人だが気の強いはるかは眉間にしわを寄せている。ただでさえ怖い目がますます怖くなってる。
「新しいデザートかなにか発見したのかなあ」
 これも美幸。
「おぬしは食い物のことしか思いつかんのか」
 時代劇おたくのさおりの声は、いつものようにドスがきいている。
「新しいデザート見つけて、どうしてずぶぬれになって泣かなきゃいけないのよお」
 秋代はますますぶりぶりの声になっていく。
「雨に濡れてすっごい熱だして頭おかしくなっちゃったんだきっと」
 美幸がめずらしく食べ物以外のことを口にした。
 ――てなぐあいに、あたしをかこんだ女どもはケンケンゴウゴウ。サラウンドでぺちゃくちゃしゃべりまくられるので、途中からどれがだれの言葉かわからなくなってしまったくらいだ。あたしはうんざりして、トイレ行くふりしてとにかくみんなの輪を脱出して廊下にでた。
「佐藤さん。佐藤美登里さん」
 うしろからフルネームで呼び止められた。
 担任の清田だった。花の独身ボディコン教師。
「はい?」
「ちょっといい?」
「はい」
 そのまま廊下で立ち話。
「ちょっと小耳にはさんだんだけど、あなた、きのう水谷さんといっしょに帰ったんですって?」
「――はい」
「そのときのこと、くわしく教えてくれないかしら」
「なにかあったんですか」
「それを知りたいから、あなたに聞いてるのよ」
「佳子、かぜじゃなかったんですか」
「ええ、そういう連絡だったんだけど――でもね、どうもおかあさんの話がしどろもどろで、おかしな感じなの」
 あたしは腕組みをして考えこんでしまった。
「どうかしたの?」
 清田が探るような目であたしの顔をのぞきこんだ。
「あ、いえ」
 あわてて腕組みをとく。
「思いあたるふしがあるのね」
「あの、その」
「とにかく、なんでもいいの。きのうの水谷さんの様子を教えてほしいわけ。放課後に、職員室へきてくれる?」
「――わかりました」
「じゃ、かならずね」
「はい」
 清田はボディコンの尻をぷりぷり振りながら去っていく。
 くそ。ますます心配になってきた。
 しかし、これはそうとうヤバいぞ。とりあえず、クラブのみんなには箝口令をしいておこう。佳子のためにも、あまり問題を大きくしたくはないからな。

 清田にはいいかげんなことを言って適当にごまかし、あたしはさっさと職員室をとんずらした。その足で部室へ行く。
 部室でも、みんなは佳子のことを話題にしていた。でも、なんとかあたしたち二年生のあいだでこそこそ話しあっているだけのようだ。助かった。話がひろまりすぎたら、あたしが悪者になっちゃうものなあ。
「ねえねえ、へりろちってなんなの?」
「どっかでイカスミのスパでも食べたのか?」
 てなぐあいに、あたしはふたたび質問責めだ。
「とにかく」
 と、あたしは声をはりあげた。
「部活がおわったら、あたしは佳子の家へ行ってみるつもり」
「あ、あたしも行く」
「あたしも」
「あたしもあたしも」
「拙者も」
 いっせいに声があがった。
 佳子のことを心配してるというよりは、みんな、ほとんど野次馬根性だ。
 と、いうわけで、けっきょく秋代も美幸もはるかもさおりもあたしといっしょに佳子の家へ行くことになった。
 ちょっと心配なメンバーだ。



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