連載小説









































































































へりろち


弾 射音


第3回


 クラブがおわって、佳子の家まで行くあいだも、みんなはケンケンゴウゴウ。ぺちゃくちゃぺちゃくちゃあることないことしゃべりまくりながら道幅いっぱいにひろがってあっちへふらふらこっちへふらふら。すれちがうサラリーマンや買い物の主婦たちや小学生の集団にまでうさんくさげな目で見られるしまつ。おかげで道を何度もまちがえた。
 やっと佳子の家にたどりついて、あたしがいちばん前に立ってチャイムを押す。 佳子のママがでてきた。
「まあ、佐藤さん。きのうはどうも」
「あ、どうも」
 あたしは頭を下げた。
「どうも」
「どうも」
「どうも」
「どうも」
 あたしは思わずキッとみんなをふりかえった。ったく、ひとのまねばっかりして、あっけらかんとした顔してやがる。
「お見舞いにきました」
 あたしは気をとりなおして佳子のママに言った。
「あ、それはどうもどうも」
「どうも」
「どうも」
「どうも」
「どうも」
 あたしはとっさにもう一度みんなをふりかえって、おもいっきりにらみつけた。みんな、いっせいに手で口を押さえる。
「佳子、大丈夫ですか?」
「ええ……それが」
 やっぱり、なんかあるみたいだ。いまだに、へりろちとか、イカスミとか、わけのわかんないことを口走ってるんだろうか。
 とにかく、佳子のママはあたしたちをあげてくれた。どうやら熱は下がったらしいんだけど、そのさきは教えてくれない。ママにつづいて、五人でどかどかと階段をのぼっていく。
「佳子、佳子。お友だちがいらっしゃったわよ」
 彼女のママが部屋のドアをノックする。返事はなかった。ママはそっとドアをあけた。
 佳子はパジャマ姿で、ベッドの上に膝をかかえてすわりこんでいた。
 あたしたちは部屋のなかになだれこみ、いっせいに彼女をかこんだ。彼女のママは退散するように下へおりていった。
 佳子は顔をあげてあたしたちを見ると、すぐにまた膝のあいだに顔を伏せた。
「佳子お」
「元気い?」
「熱あるのお?」
「おっ、福山雅治の新しいCDだ」
 とたんに、部屋のなかはすさまじい喧噪状態。
 ――もっとも、さおりだけは傍観者みたいな顔して部屋のなかの物色をはじめたけど。
 佳子はふたたび顔をあげた。泣いて泣いて泣きじゃくったあとみたいに、顔が赤く腫れあがっている。
 あたしは彼女のかたわらに腰をおろし、肩に手をかけた。
「むなるー」
 彼女はそう言った。そして、両目からぼろぼろと涙をこぼしはじめた。
「え、なになに? むなる?」
「またなんか新しいデザート発見したの?」
「むなるだぞ。デザートの名前か?」
「む、これはイヴ・サンローランのトワレではないか」
 またみんなが大騒ぎになった。
 佳子はみんなを見まわして言った。
「むあに、いるぎな」
「きゃっ。また変なこと言ったぁ」
「むあに?」
「いるぎな?」
「わ、な、なんと、こいつはシャネルの口紅まで持っておるぞ」
「ちょっと、みんな、いいかげんにしなさい!」
 あたしは思わず大声をはりあげた。いっせいに、しん、となった。
 佳子のママがふたたびあらわれた。オレンジジュースのグラスを六つとクッキーをのせた皿をベッドのかたわらのテーブルにおいて、またそそくさとでていく。
「あ、どうも」
「どうも」
「どうも」
「どうも」
「どうも」
 美幸がクッキーに、がば、ととびついた。ほかの三人も負けじとクッキーを口につめこみ、ストローでジュースをちゅるちゅる吸いはじめる。そのあいだだけ室内が静かになった。
 あたしは佳子に向きなおり、やさしく言った。
「ねえ。どうしたのか言って。あたしたちにわかるように」
 佳子はまじまじとあたしを見つめる。涙がこぼれつづけたままだ。
「ねえ、どうしたのよ」
 あたしは彼女の肩をゆすって、もう一度言った。
 すると、彼女はかすれた声でぽつりとつぶやいた。
「……にぬうてとれきんきりにう」
「へ?」
 みんな、もぐもぐやっていた口を途中で止めて、佳子を眺める。
 そろそろ、なにかとんでもないことが彼女に起きたということが、みんなにもわかりはじめたようだ。
 あたしは彼女に顔をちかづけた。
「ねえ、へりろちって、なんのこと?」
「へりろち……」
「そう。へりろち」
「へりろち……」
 みんなが、固唾をのんで佳子を見まもる。
 そして、彼女はいきなり泣きわめきはじめた。
「おーあ。おーあおあおあおあおあ」
「あ、泣いちゃった」
「ほんとだ。ほんとにおーあおあおあおあおあって泣いてるう」
「へりろちって言葉が、そーとーショック与えるみたいだ」
「うーん。こいつの本棚はコミックだらけだな」
 また騒然となった。
「ねえねえ、佳子、イカスミがどうかしたの?」
 だれかがうしろで言った。
「いかすみ……」
 佳子がそうつぶやき、ぼう然となった。
「いかすみけあ……おーあおあおあおあおあ」
 もっとひどく泣きはじめた。
「だめだこりゃ」
「へりろちより、イカスミのほうがもっとショックみたいだな」
「イカスミ食べてお歯黒状態になってすっごいショック受けたとか」
「ぐえっ! ガイチだ! 天井に中垣内のポスターが貼ってある! しかもベッドのちょうど真上だ!」
 これではラチがあかない。佳子がなにか言うたびに、みんなが大騒ぎするだけだ。 ちんぷんかんぷんなことを口走って泣いている佳子をそのままにしておくのはしのびなかったが、とにかくここはひとまず帰ったほうがいい。あたしはそう判断して、みんなをむりやり部屋から押しだした。
「佳子、とにかく元気で」
 あたしたちは佳子のママにかんたんにあいさつして、彼女の家を出た。泣きそうな顔してあたしたちを見送る佳子のママが、なんとなくあたしのうしろ髪を引くのだった。



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