おかわりさん
弾 射音
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試合はすでに第三セットにはいっているというのに、わたしはずっとベンチに腰をおろしたままだ。
ここから見ると、コートで必死にプレイしているチームメイトたちは、まるで巨人像のようだ。女子高生とはいえ、けっこう有名なバレー部なんだから、ひとりのこらず背が高いのはあたりまえだが、それにしてもみんな大きすぎる。いや、客観的には全国水準をはるかに上回っているというわけではない。
わたしの背が低いからだ。
おかしい。わたしはこんなに背が低かっただろうか。これでは女子高生の平均身長すら下回っている。ベンチにすわりつづけるわたしは、まるでチームのマスコット人形だ。
どうも頭がはっきりしない。背が低いのだからなかなか試合にでられないのは当然だが、だったらどうしてここにいるのだろうか。マネージャーじゃないんだ。それどころか、つい数か月前まではちゃんとスタメンでばりばりに活躍していたような気がするんだ。
わたしはふと横にすわっている監督の顔を眺めた。監督はコートにぎらぎらした目を向けたまま、さかんに怒鳴り声をあげている。まさに、わたしなど眼中にないといったところだ。
変だ。でも、なにが変なのか、よくわからない。この数か月、わたしはいったいなにをしていたのだろう? ただむだにベンチにすわっていただけなのか。それより以前は? よく憶えていない。でも、ときおりふと頭に、エース・アタッカーとしてスパイクを打ちまくっていた自分の姿が浮かんだりする。いまのわたしよりもうんと背が高い。それどころか、チームのだれよりも長身だ。だけど、背が数十センチもちぢむはずがない。単に願望が映像になって見えるだけなのだろうか。
それにしても、たしかになにかがおかしい。
「監督」
うしろで声がして、わたしもつられてふりかえった。
うちのユニフォームを着た、とても背が高い女子が立っていた。
「負けてますね」
彼女が言う。
わたしは茫然と彼女を眺めた。
――だれかに似ている。
「なんだ、おまえか。自宅療養のはずじゃないか」
「はい、でもじっとしていられなくて」
彼女はにこにこしてこたえた。
「怪我はもういいのか」
「なんとか」
彼女は近づき、わたしの隣にすわった。
わたしは頭がぼおっとして、彼女に目を向けたままだ。背が高い。体格もいい。なにより堂々としている。エースの風格十分だ。
だれなんだろう?
待てよ?
――あ! わたしだ!
さっき頭に浮かんだ、背が高くてエース・アタッカーのわたしそのものだ! そんな、ばかな――
ふと、彼女がわたしに笑顔を向けた。
わたしを眺めたまま、監督に言う。
「これが、わたしのおかわりさん?」
「ああ」
監督がうなずく。
おかわりさんだって?
「おかわりさんでおまえの選手登録はしてある。どうだ。すこし出てみるか」
監督が彼女に声をかける。
「はい! よろこんで」
「選手交替だ!」
監督が手をあげた。彼女がコートに走っていく。会場からどっと歓声がわきあがった。
十数秒後に、彼女は強烈なスパイクを相手コートにたたきこんだ。とたんに形成逆転。その後も彼女はつぎつぎにスパイクを打った。気がつくとわがチームは第三セットをとっていた。
――あれが、わたし?
頭がどんどんぼやけていく。
第四セットがはじまると、監督がわたしを指さして言った。
「おい、はやくこれをなんとかしろ」
「はいっ!」
呆気にとられているうちに、ベンチにのこっていた仲間たちが数人がかりでわたしをかつぎあげた。
「わ、重い」
「石でできてるからね」
彼女たちはわたしを担いだまま体育館の外に走りだし、ひろい道路を走りつづけ、交差点を曲がり、道が細くなって上り坂になってもどんどん走っていった。
やがて前方、林のなかに、未舗装の一本道に沿って一列にならんだお地蔵さんが見えてきた。
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作者紹介
弾射音(だん・しゃのん) ぱおにゃん?の前身「ぱおにゃんオンライン・マガジン」の執筆陣の一人。ていうか、大部分の作品を書いてペンネームをいくつも使い分けて載っけてた。1998年にSF長編「太陽が山並に沈むとき」でインターネット文芸新人賞に入選。そのほかに発表したのは「SFバカ本 たいやき篇プラス」(廣済堂 絶版)に収録された「夢の有機生命体天国」のみ。あはは。一時期ネットで小説を発表してただで読まれるのをしぶっていたが、全然売れないので反省してネットに復活した。
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