連載小説






































































若返りの秘術



弾 射音


 少年のころ、彼は病弱だった。入院と退院をくりかえし、学校は休みがちで、出席日数が足りず、あやうく落第しそうになったこともある。勉強はほかの生徒よりいつも遅れ、それを自宅学習で追いつこうとしてもままならなかった。体育の授業はほとんどいつも見学。両親や周囲の人びとは気をつかってくれたが、そうされればされるほど、彼は暗い気分になった。生まれつきの病弱な体質は、一生なおらないだろう。いや、そもそもそんなに長生きなんてできっこない。絶望の毎日だった。なんども自殺を考えた。

 大学進学を断念せざるを得ないことがわかったとき、彼は自殺を実行した。だが未遂に終わった。死ねなかった。自分で死期をはやめることすらできない、弱い人間なのだ。そう思って彼はひどく絶望した。もういちどだけ自殺を試みよう。彼は夜中に病院をぬけだし、死に場所を求めてさまよった。

 そして、師に出会った。

 師はインドの山奥で長いあいだ修行をした聖者だった。師は彼に肉体の健康をもたらす秘術を教えた。彼は死んだ気で師にしたがい、秘術を実践した。最初のうち、長いあいだ寝たきりだったからだには修行は辛く、ほんとうに死んでしまったほうがどれほどマシかと思ってばかりだった。だが、しばらくすると徐々に体質が改善されていくのを実感できるようになった。

 彼は師が行くところへはどこへでもついていき、教えを学んだ。数年たつと、彼は病弱だったころが嘘のように強健な肉体を自分のものにしていた。性格も明るくなり、頭も冴えわたって、まるで生まれ変わったような気分だった。

 彼は師にしたがいつつけた。

 数十年が過ぎ、そんな彼も中年になり、やがて初老を迎えた。

 肉体は健康そのもので、頭が惚けることもなかったが、外見の変化は止めることができなかった。彼はそれが気になって仕方がなかった。

 老いていく外見が気になったのには、理由がある。彼は生まれてはじめて恋をしたのだった。修行と師に仕える毎日で、恋愛や結婚など、この数十年、まったく頭になかったのだが、偶然出会った若い娘に、はげしい恋をしてしまったのだ。

 だが、娘は老人の彼をはなから相手にしなかった。

 彼は嘆いた。よりによって、こんなじいさんになってから恋をしてしまうなんて。せめてあと二十年若かったら。最近では若い男よりも中年男性のほうがもてるらしいではないか。ナイス・ミドルなんて言って。

 彼はどうしても娘をあきらめることができなかった。考えに考えたあげく、彼は師に助けを求めた。

 若返りの秘術を伝授してもらうのだ。

 ないことはない。師は言った。じつのところ、それは時間遡行の術で、ごく簡単なものなのだ。だが、その必要はないと判断しておったので、いままで教えなかっただけなのだ。

 師よ、ぜひともそれをわたくしに伝授してください。彼は地に額をこすりつけて頼んだ。

 ……よろしい。だが、いますぐにというわけにはまいらん。じつは、わしは自分の死を予感しておるのだ。もうずいぶん歳をとったでな。で、どうせ死ぬならあのなつかしいインドで死にたいと思うようになったのだ。いや、おまえがついてくることはない。わしは来月にもインドへ発つつもりだ。ひとりでな。若返りの秘術は紙に書いて、封筒にいれておく。インドへたつ直前にわたす。それまでは、教えることはできん。

 師は約束をまもった。別れの空港で、彼は師から封筒をうけとった。飛行機が空へ舞い上がるのを見送ってから、彼は封筒をあけた。

 秘術はごく簡単なものだった。師が記していた。効き目はすぐにあらわれるだろう。副作用はない。そっくりそのまま、若いころにもどれるのだ。

 彼はさっそく秘術を実践した。

 そしてすぐに、若かったころとおなじ外見をとりもどし、若かったころとおなじ病弱な体質にもどって、病院にかつぎこまれた。

 病床であえぎながら、彼ははるかインドの地の師を呪った。

 じじい、てめえ、知ってたんだろ。





作者紹介

弾射音(だん・しゃのん) ぱおにゃん?の前身「ぱおにゃんオンライン・マガジン」の執筆陣の一人。ていうか、大部分の作品を書いてペンネームをいくつも使い分けて載っけてた。1998年にSF長編「太陽が山並に沈むとき」でインターネット文芸新人賞に入選。そのほかに発表したのは「SFバカ本 たいやき篇プラス」(廣済堂 絶版)に収録された「夢の有機生命体天国」のみ。あはは。一時期ネットで小説を発表してただで読まれるのをしぶっていたが、全然売れないので反省してネットに復活した。




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