「サウンド・オブ・ミュージック」と私



















































 「サウンド・オブ・ミュージック」を初めて見たのは中学生の時だった。ゴールデン洋画劇場で、夕刊の下半分に広告を打って、大々的な放送だった。放映数日前からすっかり盛り上がってしまって、当日は8時から(特別3時間枠の放送だった)テレビの前に座り込んだ。

 冒頭からノックアウトされた。アルプスの山並みを吹き抜ける風の音と次第にクローズアップされていくジュリー・アンドリュース。今まで見たどんな映画とも違う斬新な映像だった。それからの3時間はアッという間だった。

 その夜は興奮してなかなか眠れなかった。小さな時から知っている「ドレミの歌」はあれが本当だったのか。子供たちは可愛かったなあ。ジュリー・アンドリュースって何て素晴らしい歌声をしているんだろう。エリナー・パーカーって「黒い絨毯」の人?様々な思いを自分1人では消化出来ないまま翌日を迎えた。

 翌日の学校では、友人たちと大騒ぎになった。みんなこの映画を見ていた。そして、何という偶然か、英語の教科書に「ドレミの歌」の歌詞が載っていたので、早速回らぬ舌で歌い始めた。
 それが歌うことの始まりだった。友人の中に、この映画のサントラレコードを持っている子がいて、歌詞をいくつかタイプしてきてくれた。レパートリーが広がった。学校の休み時間は、「サウンド〜」の歌を歌う時間と化した。そんなとき、これまた何という偶然か、音楽の時間に自由曲テストというものが行われることになった。個人でもグループでも良いから、好きな歌を歌うというテストだった。おまけにそのグループには名前まで付けて良いという。私たちが何を歌うかなど相談の必要もなかった。8人が集まった。7人の子供たちとマリア先生。背の順に並んで振り付け付きで「ドレミの歌」と「さようならごきげんよう」を歌うことになった。グループの名前は勿論トラップファミリーシンガーズ。恐らく私とあと数人をのぞいては、つき合っていただけだったのかもしれない。でも、放課後の練習は楽しかった。
 こうしてある日出逢った「サウンド・オブ・ミュージック」という一本の映画は私の学校生活にとてつもなく楽しい彩りを添えてくれることになったのだった。一緒に歌える趣味の合う友人がいたこと、自由曲テストというみんなの前で歌を披露する機会に恵まれたことなど、偶然も重なった。ラッキーな偶然だった。「サウンド・オブ・ミュージック」のコピーは「心に広がる青春の輝き」というものだが、まさしくこの映画は私にとって楽しい青春(というにはちょっと若すぎたが)の想い出と重なっている。


 この映画をもう一度見ることが私の最大の夢の一つになった。今みたいにビデオがあったわけではない。ただひたすら再びテレビ放映を待つしかない。胸が焦がれるほどもう一度見たかった。その機会はおもいがけなく早く2年ほどの月日を経てやってきた。「サウンド・オブ・ミュージック」が大々的に劇場でリバイバルされたのだ。もう狂気乱舞で駆けつけた。3時間の映画を2度見た。途中で「少年と鮫」という同時上映作品を挟んでのことだ。朝、劇場に入って、出てくるのは夕方。そして、さらにもう一度今度はテープレコーダーを持って見に行った。前の方の席に陣取って、息を潜めて台詞も音楽も全部録音した。そのテープは何度聞いたことだろう。

 こうなっては欲しくてたまらないのはビデオテープだった。高校生の時、無理を言ってビデオレコーダーを買ってもらったので、あとはそれで「サウンド・オブ・ミュージック」を見ることが残された課題。勿論当時今のようにセルビデオなんてほとんど売っていなかった。しかし、ここでも運命の女神は私に微笑んでくれた。ある日新聞に載った輸入ビデオの広告。なけなしのお小遣い数万円を出して輸入盤「サウンド・オブ・ミュージック」のビデオをゲットした時の喜びは言葉では言い尽くせない。勿論字幕なんかない。でも、テレビで1回、劇場で3回見ていたから筋は理解出来る。自宅のテレビで、マリアと子供たちが「ドレミの歌」を歌い踊っているのだ。その嬉しかったこと!友達を呼んで上映会まで開いた。


 今やDVDのコレクターズボックスまでしっかりゲットしている私には、全て昔の苦労物語。でも、様々な偶然に導かれながら一歩ずつ「サウンド・オブ・ミュージック」を極めて行けたのがむしろ新鮮な想い出として残る。

 子供の時から今まで、一体どれぐらいの映画を見てきただろう。ミュージカル、社会派ドラマ、西部劇、戦争映画、好きな映画は数知れない。だが、今に至るまで「サウンド・オブ・ミュージック」を超える映画には出逢っていない。

 アルプスが綺麗。歌が素晴らしい。トラップ家の豪邸ぶりにため息が出る。理由は数限りなくある。底辺に流れる反戦思想。家族の絆。でも、何よりこの映画が素敵なのはどんなに落ち込んでいても気分を高揚させてくれるところなのだ。嫌な事、悲しい事がある時、「何か好きな物を思い出してご覧」とこの映画は語る。私にとってはこの映画自体が「私のお気に入り」。
 そして、マリアがつぶやく「神様がドアをお閉めになる時は必ずどこかの窓を開けておいてくださる」という言葉。これも私の人生の指針となった。
 さらに「すべての山にのぼって貴女の夢を見いだしなさい」・・・。

 この映画に出逢ってかなりの年月が経ったが、今でもこの映画は私を元気にしてくれる。辛いこともあった。八方塞がりでどうして良いのかわからないことも何度もあった。でも、そんなときマリアの囁きが聞こえてくるような気がするのだ。「どこかで窓が開いている」と。だから、犬に噛まれたり蜂に刺されるのは嫌だけれど、悲しいときにはお気に入りであるこの映画と映画の中のミュージカルナンバーを思い出して、悲しい気持ちを癒してまた一つ山を登るのだ。





(C) 2012 Paonyan?. All rights reserved